カトリックさいたま教区/CATHOLIC SAITAMA DIOCESE

司教メッセージMESSAGES

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主の公現 マタイ 2・1-12

2022.12.2 (日)
兄弟姉妹のみなさん、
 今日は主の公現の祭日です。教会は、預言者たちを通して神が約束されたメシアを、そして神の子として全ての民に現れたイエスをお祝いしています。

 わたくしのコメントは、第一朗読の預言者イザヤから始めたいと思います。預言者が描いている歴史的状況やユダヤの民の気持ちは、現代社会に通じるところがあると感じます。新型コロナ・ウイルスと共に2年間生活した後、このウイルスの新しい株、オミクロンに攻撃されています。
 今までこの自然は人間が支配していると思われていました。小さなウイルスの世界さえも。しかし、この自然と地球に共存している全ての生き物との関係をもっと大切にしなければ、地球全体、あるいは人類そのものの生存自身が危うくなること、このウイルスのパンデミックによって気づかされたのです。

第1朗読(イザヤ60・1−6):主の栄光はあなたの上に輝く
 このイザヤ書(第3のイザヤと呼ばれている)に描かれている時代は、エルサレムの復興が望まれた時代でした。すなわちバビロンの追放から聖なる都であるエルサレムに戻った時、すべてが破滅状態でした。
 追放されたこのグループがイスラエルに着きましたが、町は破壊され、畑は捨てられ、あるいは他の民族のものになっていました。塀は壊され、神の住まいである神殿は焼かれて略奪されていたのです。
 この悲惨な現状は、人々の元気を完全に奪うほどのものでした。彼らの希望とやる気は、自分たちの住まいや畑を元通りにすることに向けられました。そして、神殿の再建は後回しになりました。栄光に満ちた神の訪れ待ち望む、神への信頼も失いました。神が、歴史の中でイスラエルに全面的な救いをもたらすことを思い出すようにとイザヤは、呼びかけました。
 すなわち、イザヤはイスラエルの民を元気付け、再び神を信じるように、再び信仰と心を神の救いの力におくよう招き、この神が平和と義を、民に運ばれます。エルサレムは再び輝ける町になり、王としての神の現存がこの民を「大いなる民」とし、地上の全ての国がこの神に平伏するであろう、神がイスラエルに新しい時代を齎すであろう、と預言者イザヤが宣言しています。
その新しい時代には、神の光が統治し、全ての悪の力が破壊されます。なぜなら、神はイスラエルに現存するから、誰も、この民に被害を与えることはできないからです。神は、イエスラエルからこの世の全ての国々を祝福するであろう、と知らせました。イスラエルは、人類にとって救いと平和の道具にならなければなりません。

第2朗読(エフェソ3・2、3b、5−6):異邦人も同じ約束にあずかる者となる、と啓示された 
 聖パウロは、エフェソの信徒への手紙を通して、これに関しての理解を深めてくれます。神の救いの訪れは、イエスを通して、全ての人、ユダヤ人と異邦人のためにあること、神の計画は、一つの民にすること、信じている一つの共同体、一つの体、一つの教会にすることであると説いています。一つの生命体になるように、神から与えられた命と救いが全ての被造物に行き届きますように。
 パウロが受けた神秘とは、キリストにおいての良い知らせが異邦人のためでもあること、彼らも共に受け継ぐもの、キリストの同じ体の部分であることを伝えたことです。神は全ての人に働き、全ての人を救い、例外なく全ての人を和解させることを全ての人類に、これを啓示されたかったという意味なのです。

福音書(マタイ2・1−12):王を礼拝するために東からきました
 御公現のお祝いの今日、読まれる福音書は、神からの救いが普遍的であることを述べています。
 マタイは、シンボル的な語りで、すなわち、イエスの神的な根源と、メシアとしての救いの務めに関して、イスラエルの王ダビデの座を受け継ぐものとして語っています。そのために福音史家は、イエスがどこで生まれたかを正確に示し、イエスが歴史に現れ、旧約聖書を通して預言された言葉が実現したことを指摘しました。
 政治的な力をもっている人(ヘロデ)、宗教的権力者(大祭司や律法学者)、イスラエルの民の権威ある人たちから、この誕生が拒否されます。もう一方では、東から訪れた学者たちの、無限の喜びがイエスの使命の普遍性を伝え、福音が異邦人にも開かれていることを知らせています。
 主の公現は、神が人類に現れたこと、そして、私たちの信仰を宣言するためです。神は全ての文化の中、全ての人に現れ、そして、それを信じる共同体が現代社会の多様性に扉を開くよう招いています。

幼子イエスを礼拝するために東から来た学者たち(magos)は何者だったのか
 マゴスという言葉はギリシャ語のマゴイ(magoi)から来た語で、数学者、天文学者占星術師などを意味する語でした。どちらも人間の運命と見通しを視ることができました。
つまり、学者たちは、今現在の言葉の意味の「王」でも「魔術師」でもありませんでした。天文学者や数学者であったのです。テルトリアノスというカルタゴの人は、西暦160−220年の人で神学者であり弁護士でもありましたが、彼が、学者たちは王であり、間違いなく東から来た、と宣言しました。
 学者たちがイエスを訪問したことは、イエスが王であることを、「黄金」がシンボル的にそれを象徴している、と教会の教父たちは言います。神であることを「乳香」が、そしてキリストの受難を「没薬」が意味しています。このことから教会の伝統では、占星術師で王たちであるマゴイは、それぞれに名前さえも付けられています。メルキュール、ガスパール、バルタザール。この最後の人は、「黒人」というあだ名があります。
公現の祭日をもって降誕節が終わります。来週の日曜日は「イエスの洗礼」です。イエスの公生活の始まりを思い起こします。そしてまた、「年間」に入ります。これは四旬節で中断され、復活節へと続きます。

祈りで終わりましょう
ああ、神よ、唯一の神よ、全ての時代の人が探し求めた神よ。
あなたは全ての民があなたを求めるようにされました。
そして、あなたは全ての人のところへ出向いて行かれます。
それぞれの霊的生活、それぞれの宗教、地上の全ての宗教に、
あなたの現存が感じられるよう、私たちの心を開いてください。
あなたは生き、命を与え、全ての民と対話されます。
今も、いつも世々に。アーメン。