カトリックさいたま教区
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司教メッセージ MESSAGES

一覧表示 > 2007年01月(1) - 逆順表示

疲れたもの、重荷を負う者は、だれでも私のもとに来なさい。

2007/01/01(Mon)
クリスマスおめでとうございます。そして、新年おめでとうございます。

私たちが住んでいる日本の社会は、家庭という社会の屋台骨が崩れはじめ、多くの人が負い切れないほどの荷物を背負わされ、不安を抱き、希望を持つことも困難な時代になっています。いじめや児童虐待が頻発し、貧富の格差は広がり、多くの人が生活に困窮し、うつ病や精神的障害を負い、依存症に陥り、また、死に追いやられる人も増えています。

私はミサの中で食卓を囲む時、家族から離れて生活し、日本の拝金主義に呑み込まれて苦しんでいる兄弟姉妹を思わずにはいられません。また、平和で、すべての人の権利と命が軽視される社会を目の前にして、それらが大切にされる社会になるよう、切実な気持ちで祈らざるをえません。

こうした時代にあって、私はマタイ福音書のイエスの言葉を思い起こします。

「疲れたもの、重荷を負う者は、だれでも私のもとに来なさい。休ませてあげよう。私は柔和で謙遜な者だから、私のくびきを負い、私に学びなさい。そうすれば、あなたがたは安らぎを得られる。私のくびきは負いやすく、私の荷は軽いからである。」(11:28〜30)

今日、こうして、キリストのもとに集まり、共に食卓を囲み、神を賛美し、祈ることができる私たちは本当に幸せであると実感します。この幸せは、経済と効率ばかり優先する競争社会の価値観から抜け出し、キリストの福音を信じ、キリストの教えに従って生きることを私たち自身が選択したからこそ可能なのです。私はキリストから離れている兄弟姉妹に、この幸せを分かち合うことができればと心から願っています。



「私は復活した後、あなたがたより先にガリラヤに行く」(マルコ14:28)

イエスは受難の直前に弟子たちにこのように語りました。受難と十字架のもとで、弟子たちはイエスを裏切って離散してしまいます。それを予見して、復活の後に、もう一度ガリラヤに集まるようにと呼びかけたイエスの言葉です。ガリラヤはイエスが宣教を始め、弟子を呼び集めたところでもありました。(マルコ1:14〜20) マルコがこの福音書を記していたころ、キリストを信じる人々は迫害によって離散していました。マルコは離散した兄弟姉妹に、もう一度、集まるように、そして共同体を再建しようと呼びかけるためにこの福音書を綴っていたのでしょう。

今年、私たちは常総市に新しい教会を建てようとしています。離散している兄弟姉妹に対して、マルコと同じ思いを持っているからです。また、さいたま教区にあるすべての教会でも、同じ思いで離散している多くの兄弟姉妹に呼びかけて欲しいと願っています。

もちろん、離散している兄弟姉妹自身が神の呼びかけに応えるということは不可欠です。ですから、決して、私たちの信仰を押し付けるのではありません。キリストの福音を伝え、教えを伝え、呼びかけるのです。

このことは、家庭でも同じことがいえます。子どもが教会から離れる場合も多いでしょう。子どもたちは自分で考え、自分で決断する必要があります。その時に救いを求めて戻ってくるでしょう。親や兄弟が大切にしていることを子どもはいつか理解するでしょう。だから、私たち自身が信仰に生き、たえず呼びかけていることが大切なのです。



「聖霊と私は、次の必要なこと以外に、一切あなたがたに重荷を負わせないことに決めました。」(使徒言行録15:28)

この言葉はエルサレム公会議で決定した内容を伝える使徒の手紙の一部です。第二バチカン公会議とエルサレム公会議は、司牧を扱った重要な二つの公会議です。この会議で使徒たちは、異邦人への救いと宣教のために、モーセからの伝統的な慣習である割礼を廃止するという重大な決定をしたのです。割礼は習慣、規則といったもの以上に、ユダヤ教にとって重大なシンボルでした。それを変えることは大きな変革だったのです。しかし、このことによって、「ユダヤ教のなかのキリスト教会」から「普遍的なキリスト教会」(カトリック教会)へと変革したのです。第二バチカン公会議でも、「ヨーロッパ中心の教会」から「世界の教会」へと、より普遍的な形に変革しました。

かつての「日本の教会」は、いま、「日本にある教会」へと変革しつつあります。いわば、普遍的な教会に一歩近づいたといえるでしょう。これは、日本人信徒と海外からの移住信徒が相互に受け入れ、共に文化の違いやさまざまな困難を乗り越え、積極的に交わりを深めた結果です。まさに、エルサレム公会議、第二バチカン公会議と同じ変化が私たちのさいたま教区でも起こったといえます。そのことについては、私は心から皆様の奉仕に感謝しています。

私たちは日本人であろうと、海外から来た移住者であろうと、「日本にある教会」として、離散している兄弟姉妹たちのために共に祈り、マルコの思いと同じ思いで、共に呼びかけと奉仕に努めていこうではありませんか。



新しい一年が恵み豊かな年でありますように、兄弟姉妹の皆様に祝福を送ります。

†全能の神、父と子と聖霊の祝福が皆さんのうえにありますように。
司教 マルセリーノ谷 大二


 [司教メッセージ] 




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