カトリックさいたま教区
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信仰講座 ARCHBISHOP COUSE

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■ 第66回「心の中に平和のとりでを築く」  2018. 8.12説教


年間19主日、2018年8月12日、朝霞教会

第一朗読:列王記上19.4-8
第二朗読:エフェソ4.30-5.2
福音朗読:ヨハネ6.41-51

福音
そのとき、イエスはユダヤ人たちに言われた。)「わたしは、天から降って来た生きたパンである。このパンを食べるならば、その人は永遠に生きる。わたしが与えるパンとは、世を生かすためのわたしの肉のことである。」
 それで、ユダヤ人たちは、「どうしてこの人は自分の肉を我々に食べさせることができるのか」と、互いに激しく議論し始めた。イエスは言われた。「はっきり言っておく。人の子の肉を食べ、その血を飲まなければ、あなたたちの内に命はない。わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、永遠の命を得、わたしはその人を終わりの日に復活させる。わたしの肉はまことの食べ物、わたしの血はまことの飲み物だからである。わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、いつもわたしの内におり、わたしもまたいつもその人の内にいる。生きておられる父がわたしをお遣わしになり、またわたしが父によって生きるように、わたしを食べる者もわたしによって生きる。これは天から降って来たパンである。先祖が食べたのに死んでしまったようなものとは違う。このパンを食べる者は永遠に生きる。」

説教
皆さん、日本のカトリック教会は毎年8月6日から15日までの10日間を平和旬間と定め、平和について学び、平和のために祈り、平和のために何か良いことをするように勧めている特別な期間であります。そして、今日は年間第19主日であります。今日の福音朗読、そして、第一朗読、第二朗読を聞いて、更に平和ということを思いながら、一言二言お話したいと思います。

「戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない。」
ユネスコ憲章の前文にある言葉です。この「人の心」というものは大変厄介な難しいものであります。わたしたちはキリスト教徒、そして、カトリック信者ですが、キリスト教だけでなく、すべての宗教は平和が大切であることを訴えております。ある時、仏教の先生、お坊様の話を聞きました。人間の心には良い所、悪いところ両方あります。その悪い心の中で、貪るという心、たくさんのものを欲しがる心、それから人のことを恨んだり、ねたんだりする心、そして、人のことを知ろうとしない、自分だけのことを考えて、人のことには関心を持たないという自己中心の心があります。ある程度、誰でもそうかもしれないですね。そういう心が原因で、人と人との間の争い、喧嘩が起こったり、そしてそれがひどくなると国と国、民族と民族の間の対立、戦争となるのではないだろうか。

今日の第二朗読、先ほどベトナム語で読まれました第二朗読はその点、大変わたしたちの心にしみる内容ではないでしょうかね。第二朗読、もう一回見てください。日本語では、こうなっています。
「無慈悲、憤り、怒り、わめき、そしりなどすべてを、一切の悪意と一緒に捨てなさい。互いに親切にし、憐みの心で接し、神がキリストによってあなたがたを赦してくださったように、赦し合いなさい。」
この勧めを日々、毎日、実行したいものであります。そうは言っても、わたしたちの心というものはさっきも言いましたが、やっかいなものです。人生には難しいこと、辛いことがあります。落胆したり、力を落としたり、あるいはそうですね、もう何をすることもできないなあと感じてしまうそういう時があるかもしれない。そして、順調に生きている人のことを羨む、羨むまではいいかもしれないが、妬ましく思ったり、あるいは恨みに思ったりすることもあるかもしれない。そういう時にどうしたら良いでしょうか。人生には挫折というか、最近、心が折れるという言葉があるんですけども、もうやっていけないよという気持ちになることがある。
第一朗読ではエリアという人の話が出てきますね。もうわたしはだめです。神様どうかわたしの命を取ってください。そう彼は神に訴えた。しかし天使が遣わされて、このパンを、パンと水をくださったので、元気を取り戻して、ホレブというところはシナイ山ですね、モーセが神様から十戒、10の掟を授かった聖なる山、そのホレブにたどり着いたと出ております。
これは旧約聖書の時代の話です。それでは、わたしたちの場合、どうしたらいいのだろうか。ヨハネの6章はイエスの言われたこと、『わたしは天から下った命のパンである』ということを繰り返し述べています。天から下ったパン、それはイエス自身のことですが、「わたしを信じる人は永遠の命に入ることができるよ」と言っています。今日のわたしたちの教会の時代から言えば、それはご聖体を指していると思います。ご聖体、そこに主イエス・キリストがおられる。ご聖体をいただく人はイエスの永遠の命にあずかる。疲れた者、重荷を負う者はわたしの所に来なさい。わたしは休ませてあげよう。助けてあげよう。そうイエスは言われた。

今日、ここに集まっている皆さん、もう一度わたしたちの信仰を新たにし、そして勇気と希望を新たにするようにいたしましょう。そのためには聖霊の助けが必要であります。イエスは天に昇る時に弟子たちに言われましたね。わたしは世の終わりまで、あなたがたと一緒にいる。いろいろな形で、特に、ご聖体となってわたしたちと一緒にいてくださいますし、聖霊を遣わして、聖霊の助け、聖霊の照らしによってわたしたちを導いてくださいます。いろいろな困難な状況の中で、信仰を新たにし、そして励まされて、毎日毎日を主イエス・キリストと共に歩むようにいたしましょう。




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