カトリックさいたま教区
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信仰講座 ARCHBISHOP COUSE

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■ 第18回「皆がひとつになるように」  2018. 3.17説教


「キアラ・ルービック」帰天10周年追悼ミサ説教
カトリック麹町・イグナチオ教会

第一朗読 一コリント12・12,17-18,20-27
福音朗読 ヨハネ15:12-17

福音
わたしがあなたがたを愛したように、互いに愛し合いなさい。これがわたしの掟である。 友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない。わたしの命じることを行うならば、あなたがたはわたしの友である。もはや、わたしはあなたがたを僕とは呼ばない。僕は主人が何をしているか知らないからである。わたしはあなたがたを友と呼ぶ。父から聞いたことをすべてあなたがたに知らせたからである。あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだ。あなたがたが出かけて行って実を結び、その実が残るようにと、また、わたしの名によって父に願うものは何でも与えられるようにと、わたしがあなたがたを任命したのである。互いに愛し合いなさい。これがわたしの命令である。」

説教
 「皆がひとつになりますように」(ヨハネ17・21)
 この主イエスの心からの願いに応えるためにフォコラーレの運動は生まれてきました。皆とは、キリスト者はもちろん、他の宗教の人、宗教を信じない人を含めての「皆」であると思います。

 一つになるとは、宗教の違いを超えて、お互いに尊敬し、学び合うことであると思います。

 日本カトリック司教協議会の小宗教部門では、諸宗教の間の対話を進めるために、毎年シンポジュームを開催しています。わたしはその担当を務めました。他の宗教の方のお話から、多くのすぐれた教えを学びます。

 2015年に埼玉県の大宮教会で、「平和のための宗教者の使命」についてのシンポジュームが開催されました。そのときにお聞きした天台宗の方(杉谷義純師)のお話は非常に有益でした。それは「三毒」という話でした。

 ご存知のように、有名なユネスコ憲章で言われていますように、「戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和の砦を築かなければならない」のです。しかし、人間の心の中には平和を妨げる毒がある、仏教では、この毒には三つあり、それぞれ「貪(とん)、瞋(じん)、癡(ち)」と言います。貪(とん)とは、むさぼるということ、瞋(じん)とは、嫉み、妬み、怨み、瞋り(いかり)を言います。癡(ち)とは、無知であること。無明と言います。真実を知ろうとしないこと、相手の立場に立って相手のことを知ろうとしないこと、自分の本当の姿を知らないことです。人はみな、この三毒に侵されています。この三毒をなくすためには「修業」が必要です。そして、この「修業」とは、結局、「自分のことを忘れて人のために尽くす」修業のことであり、それは慈悲の行いであると思います。

 今回拝見した2018年2月10日のお手紙によると、キアラ・ルービックの教え「神の愛の芸術」について、次のように言っています。

 イエスのご命令は「互いに愛し合いなさい」です。
愛するとは次の4点が含まれているはずです。
1. 人を自分のように愛する。
2. 誰をも区別なく愛する
3. 自分から先に愛する。(神の方が先に愛して下さった。)
4. 自分を相手と一つにする―自分のことは忘れる。相手の立場になる。

 この「自分のことを忘れて相手のことに心を向け相手の立場に立って考え思い行う」という神の愛の実行は、仏教の教えにも通じる、非常に大切な生き方であると思うのです。
世界中の人がそのように生きようと心掛けるならば、平和が実現し、一致が達成されることでしょう。


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