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教区司祭3月の命日記念ミサ



2016年3月18日 命日記念ミサ


カトリック浦和教会

第一朗読 エレミアの預言 20・10-13
福音朗読 ヨハネ福音10・31-42

本日は、
司祭 マチア 山根俊夫神父(1993年3月19日帰天)
司祭 ピエール・フラマン神父(2005年3月11日帰天)
司祭 パウロ・ロべンス神父(1984年3月22日帰天)
助祭 フランシスコ・アッシジ齋藤紳二さん(2015年3月13日帰天)
の永遠の安息を願ってミサを捧げます。

イエスは言われました。
「父がわたしの内におられ、わたしが父の内にいることを、あなたたちは知り、また悟るだろう。」(ヨハネ10・38)
この言葉は、ユダヤ人には到底受け入れられませんでした。彼らは言っています。「(イエスは)神を冒涜したからだ。あなたは、人間なのに、自分を神としているからだ。」(ヨハネ10・33)
「人間であるのに自分を神とする」ことは冒涜の罪になります。実際、イエスは冒涜罪で告訴され処刑されました。
ところで、今日の福音では次のようにも言われています。
「それなら、父から聖なる者とされて世に遣わされたわたしが、『わたしは神の子である』と言ったからとて、どうして『神を冒涜している』と言うのか。もし、わたしが父の業を行っていないのであれば、わたしを信じなくてもよい。」(ヨハネ10・36-37)
イエスは、聖なる者として世に遣わされた者です。ニケア・コンスタンチノープル信条は、イエスを「神からの神、光からの光、まことの神からの真の神」と宣言します。
では、わたしたちは、どうでしょうか。
わたしたちも洗礼を受けて聖霊を注がれ、聖なる者とされています。もちろん、「神からの神、光からの光、まことの神からの真の神」であるとは言えません。しかし、わたしたちの体は「聖霊の神殿」であります。パウロは言います。
「知らないのですか。あなたがたの体は、神からいただいた聖霊が宿ってくださる神殿であり、あなたがたはもはや自分自身のものではないのです。
あなたがたは、代価を払って買い取られたのです。だから、自分の体で神の栄光を現しなさい。」(一コリ6・19-20)
わたしたちは、神の子とされています。神の子であるという尊厳をもっています。この自覚を深めていただきましょう。
自分が罪人であり、数々の弱さを身におびているものですが、自分は神の子としての尊厳をいただいたものなのです。また自分以外の人についても、その人が自分の目にはどんなに惨めに見えたとしても、その人も神の子の尊厳を与えられている神の子であるのです。この信仰を大切にしたいと思います。

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