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3.11.東日本大震災5周年追悼・復興祈念ミサ



3.11.東日本大震災5周年復興・祈念ミサ


第一朗読 ローマの信徒への手紙 8:18〜24
福音朗読 ヨハネ 6:16〜21

東日本大震災5周年を迎えました。わたくしは、この出来事を二つの面から取り上げ、考え、祈りたいと思います。
東日本大震災という出来事には、天災と人災の両面があると考えます。
地震と津波は人間にはどうしようもない、紛れもない自然災害でした。
震災に出会った日本に住む小学2年生の少女がイタリアに住む祖母を通して教皇ベネディクト16世に質問を送ったところ、教皇は丁寧にお答えになった、という出来事を思い出します。少女の質問は、「どうして日本の子どもは、悲しい、怖い思いをしなければならないのですか」ということでした。教皇の答えは、「それはわたしにも分かりません。しかし、信じてください。神様はあなた方の苦しみは御存じです。神様はいつもあなた方と一緒にいます。そのわけが分かるときがいつかくるでしょう」という趣旨でありました。
創造主である神と自然との関係はどういうものでしょうか。神からの神である主イエスと自然界との関係はどのようなものでしょうか。
そのヒントの一つが今日の福音です。イエスは強風に荒れ狂う湖の上を歩いて舟に近づきました。そして言われました。「わたしだ。恐れることはない。」(ヨハネ6・20)
またマタイ福音書では、イエスが風と湖をお叱りになると大凪になり、人々は驚いて「いったい、この方はどういう方なのだろう。風や湖さえも従うではないか」と言った(マタイ8・。27)とも出ております
イエスには自然を支配する力があったことを教えている個所だと思います。
しかし、それでは、地震や津波などの自然災害をわたしたちは信仰のうちにどう受け取ることができるのでしょうか。これは難しい問題です。わたしはこの点について、今日の第一朗読がヒントになると思います。
パウロによると、「人間だけでなく、すべての被造物は虚無からの解放の時を待って呻き声をあげている」というのです。津波や地震は、もしかして、この被造物の呻き声ではないでしょうか。
すべての被造物は、その時になれば復活の栄光にあずかり、新しい天と新しい地として神の創造が完成するのです。

さて、東日本大震災は原子力発電事故を引き起こしました。地震は自然災害ですが、それと連動して起きた原発事故は人災であります。原発は人間の行いです。わたしたちは、快適で便利な生活を希求し、核分裂の平和利用という名目のもとに、原発という「バベルの塔」を築いてしまいました。これは神の御心に背く大きな間違いでした。日本カトリック司教団は、事故の半年後に、原発の即時廃止を求めるメッセージを出しています。
その主要な点は2つです。

 (原発廃止)
福島第1原発事故という悲劇的な災害を前にして、・・・日本にあるすべての原発をいますぐに廃止することを呼びかけたいと思います。 ・・・わたしたち人間には神の被造物であるすべてのいのち、自然を守り、子孫により安全で安心できる環境をわたす責任があります。利益や効率を優先する経済至上主義ではなく、尊いいのち、美しい自然を守るために原発の廃止をいますぐ決断しなければなりません。 ・・・
(質素な生活)
わたしたちキリスト者には、何よりも神から求められる生き方、つまり「単純質素な生活、祈りの精神、すべての人々に対する愛、とくに小さく貧しい人々への愛、従順、謙遜、離脱、自己犠牲」などによって、福音の真正なあかしを立てる務めがあります。わたしたちは、たとえば節電に努める場合も、この福音的精神に基づく単純質素な生活様式を選び直すべきです。(2011年11月8日 仙台にて 、日本カトリック司教団)
この「単純質素な生活、祈りの精神、すべての人々に対する愛、とくに小さく貧しい人々への愛、従順、謙遜、離脱、自己犠牲」(パウロ6世『福音宣教』からの引用)こそがわたしたちが真剣に取り組むべき課題であります。


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