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教区司祭2月の命日記念ミサ



2016年2月12日、司祭命日ミサ


カトリック浦和教会

灰の式後の金曜日

イザヤ58・1-9a
マタイによる福音9・14-15

本日の司祭命日記念ミサは、ラウレンチオ 長江 恵(さとし)司教様、シャール・アンドレ神父様のお二人のためにささげられます。

イエスは「なぜ、あなたの弟子たちは断食しないのですか」と問われて、「花婿が一緒にいる間、婚礼の客は悲しむことができるだろうか。しかし、花婿が奪い取られる時が来る。そのとき、彼らは断食することになる」と答えました。花婿が奪い取られる時とは、イエスの受難を指しています。
今日のイザヤの預言58章は、次のように言っています。
「わたしの選ぶ断食とはこれではないか。
悪による束縛を断ち、軛の結び目をほどいて
虐げられた人を解放し、軛をことごとく折ること。
更に、飢えた人にあなたのパンを裂き与え
さまよう貧しい人を家に招き入れ
裸の人に会えば衣を着せかけ
同胞に助けを惜しまないこと。」(イザヤ58・6-7)
ここで挙げられている断食の行いとは、マタイの福音25章の最後の審判で問われている愛の行いに対応しています。
すなわちそれは、イエスが
「飢えていたときに食べさせ、のどが渇いていたときに飲ませ、旅をしていたときに宿を貸し、裸のときに着せ、病気のときに見舞い、牢にいたときに訪ねてくれたからだ」(マタイ25・35-36)
と言われた愛の行いです。
さて、わたしたちは今「いつくしみの特別聖年」の時を過ごしています。教皇はわたしたちに、「いつくしみの行い」をする事を強く勧めています。その行いとは、基本的にはマタイ25章の行いと同じですが、わたくしは、特に、病者、障がい者、孤独な人に寄り添い助けることが大切だと感じています。
現代の荒れ野において、多くの人が精神的な問題を抱え迷い苦しんでいます。この人々の癒しを心から願っています。

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