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ローランド神父追悼ミサ・納骨式



2015年11月13日 ピエール・ローランド神父追悼ミサ・納骨式


カトリック川越教会

本日、わたしたちは、ピエール・ローランド神父様(パリ外国宣教会)の追悼ミサをさげ、ご遺骨を川越の墓地にお納めいたします。神父様は2014年4月17日に帰天されました。神父様は管区長を務めておられた時期を除いて、司祭としての生涯の働きをすべて、浦和教区・さいたま教区のために献げてくださいました。あらためて神父様に感謝申し上げます。慈しみ深い神がその生涯の、司祭としての奉仕に豊かに報いてくださいますよう、このミサで、お祈りいたしましょう。

今日は、ミサの朗読を聞いて感じてことを少し述べてみます。
第一朗読は知恵の書(13・1-9)です。
この世界は神の創造の賜物です。この世界には神の素晴らしさ、偉大さ、美しさを至る所で認めることができます。何よりわたしたち人間は神の創造の作品、神の似姿であり、そこには神の美しさが宿っています。しかし、被造物にそのような美しさを与えた造り主を認めないというのはどうしたことだろうか、と知恵の書は言っています。
ところが、人間は思い上がり、自由を乱用し、神のみ心に背き、この自然界の神の秩序を侵害し、環境破壊を行っています。人間も被造物であり、ほかの被造物とのつながりの中でこそ人間として存在できているのです。神の美しさを損なう自然破壊という恐ろしい行為を繰り返しているのです。
教皇フランシスコは最近出された回勅「Laudato Si」(主は賛美されますように、という意味。2015年5月24日発表)で人共通の家である地球に対する人間の過ちを指摘し、反省を促しています。神の美しさの反映である自然に対する責任を自覚し、自然を守り、尊重するために、わたしたちは自分の日々の生活を改めなければならないのです。
福音朗読はルカ(17・26-37)、「人の子が現れるときに起こること」を告げている箇所です。待降節が近づくとミサの福音は主の再臨を語る箇所が読まれます。
ソドムの滅亡のとき、ロトの妻は言いつけに背いて後ろを振り返ったために塩の柱となった、と創世記は伝えています。(創19・26)
人生には何にもまして直ぐに行うべき大切なこと、すべてを捨てて従うべき大切なことがあるのです。後を振り返ったり、愚図々々していてはいけない場面があるのです。津波が来たら、何もかもやめて、捨てて、安全な場所に避難しなければなりません。主イエスの再臨の時がその時です。そしてわたしたちの地上の最後の時もその時に該当します。地上にあるどんなものも、主イエスとの出会いに替えることはできません。主イエスと出会うことは他の何物にも替えることができないのです。ところがわたしたちは日々、いろいろなことに心を奪われ、神のみ心をないがしろにして暮らしています。
実はわたくしは、11月10日から昨日まで三日間、日韓司教交流会に参加のため、横浜のホテルに泊まっておりました。ホテルは90階の高層ビル、近くには横須賀の米軍海軍基地があります。高層ビル、軍事基地・・・まさに人間の営み、現代のバベルの塔を連想します。もし、今、人の子が地上に来られるとしたら、この巨大な建造物にはどんな意味があるでしょうか。この人間の営みは神のみ心にそうものでしょうか。この人類の作品は神の創造の働きに調和しているでしょうか。つくづくわたしたち人類の危機的な状況を感じたことでした。

ピエール・ローランド神父様は生涯を日本の福音化のために献げ、日頃言っておられた希望通り、いま日本の土となって、川越のお墓に葬られます。
この社会と世界がより主のお望みにかなった世界になるよう、より新しい世界となるよう祈り、そのためにわたしたちもささやかな力を合わせて犠牲をお献げいたしましょう。

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