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栃木県北ブロック・合同堅信式



2015年10月25日 年間第30主日 栃木県北ブロック 合同堅信式 


カトリック大田原教会

第一朗読 エレミヤ31・7-9
第二朗読 ヘブライ5・1-6
福音朗読 マルコ10・46-52

一行はエリコの町に着いた。イエスが弟子たちや大勢の群衆と一緒に、エリコを出て行こうとされたとき、ティマイの子で、バルティマイという盲人の物乞いが道端に座っていた。
ナザレのイエスだと聞くと、叫んで、「ダビデの子イエスよ、わたしを憐れんでください」と言い始めた。
多くの人々が叱りつけて黙らせようとしたが、彼はますます、「ダビデの子よ、わたしを憐れんでください」と叫び続けた。
イエスは立ち止まって、「あの男を呼んで来なさい」と言われた。人々は盲人を呼んで言った。「安心しなさい。立ちなさい。お呼びだ。」
盲人は上着を脱ぎ捨て、躍り上がってイエスのところに来た。
イエスは、「何をしてほしいのか」と言われた。盲人は、「先生、目が見えるようになりたいのです」と言った。
1そこで、イエスは言われた。「行きなさい。あなたの信仰があなたを救った。」盲人は、すぐ見えるようになり、なお道を進まれるイエスに従った。

今日の福音はエリコで起こった出来事を伝えています。エリコを過ぎるときに出会ったバルティマイという盲人の物語です。
バルティマイは道端で物乞いをしていました。その人生は悲惨そのものです。ナザレのイエスの通行を耳にし、必死で叫び声をあげます。「ダビデの子よ、わたしを憐れんでください。」イエスはその叫びに答えて「あの男を呼んで来なさい」と言われました。男は上着を脱ぎ捨て躍り上がってイエスのもとへ駆けつけます。この動作に、本当に大きな喜びを感じたことが現れています。手放しの喜びようです。「目が見えるようになりたい」という男の願いをイエスはかなえてあげます。「行きなさい。あなたの信仰があなたを救った。」
「あなたの信仰があなたを救った。」
何とうれしい言葉、すばらしい言葉でしょうか!この言葉をイエスは他の人々にも与えています。福音書では他の箇所でもこの言葉「あなたの信仰があなたを救った」を見つけることができます。
1)12年間も出血をわずらっていた女性を癒したときにも、「娘よ、あなたの信仰があなたを救った。(中略)。元気に暮らしなさい。」(マルコ5・34、マタイ9・22、ルカ8・48))、と言われました。
2)ファリサイ派のシモンの家で、罪深い女に向かって、イエスは言われました。「あなたの信仰があなたを救った。安心していきなさい」(ルカ7・50)と。
3)思い皮膚病を患っていた10人を癒したときに神を賛美しながら戻ってきたサマリア人に言われました。「行きなさい。あなたの信仰があなたを救った。」(ルカ17・19)
バルティマイという盲人、出血をわずらっていた女性、罪深い女、重い皮膚病を患っていたサマリア人。
この人たちは非常に辛い、追い詰められた状態に置かれており、社会的に排斥され、差別されていた人々です。イエスに賭ける思いは必死な思い、切迫した思いでありました。イエスは彼らのその心を見て心を動かされ、救いの恵みを与えたのでした。
これから行われる堅信の秘跡は、秘跡を受ける人を、このイエスの愛、イエスの慈しみに生き、実行するものにする恵みを授けます。
2015年12月8日より「いつくしみの特別聖年」が始まります。その趣旨は「イエス・キリスト、父のいつくしみのみ顔」という大勅書によって分かりやすく美しく説明されています。
「イエス・キリストは、御父のいつくしみのみ顔です。」
 京子フランシスコはこの言葉をもって神のいつくしみを説き起こします。神はモーセを通して自分の名を表し「憐れみ深く恵みに富む神、忍耐強く、いつくしみとまことに満ちる者」(出エジプト34・6)と言われました。実に神は忍耐強く、慈しみ深い神です。主キリストは言われました。「あなたがたの父が憐れみ深いように、あなたがたも憐れみ深い者となりなさい。」(ルカ6・36) そしてさらに言われました。「人を裁くな。そうすれば、あなたがたも裁かれなることがない。人を罪人と決めるな。そうすれば、あなたがたも罪人だと決めつけられることがない。赦しなさい。そうすれば、あなたがたも赦される。(中略)。あなたがたは自分の量る秤で量り返されるからである。」(ㇽヵ6・37-38)。
わたしたちは自分の思いで兄弟を裁くものとなってはなりません。妬みや嫉みから生まれる誹謗・中傷は著しく人を傷つけ苦しめます。誰にでもよいところがあります。それを見つけて積極的に受け入れることが大切です。寛大な心で人をゆるし受け入れるようにいたしましょう。神のいつくしみは、罪と欠点のある人をそのまま受け入れて癒す愛です。
特別聖年にあたり、わたしたちは神のいつくしみを深く悟ることができますよう、祈りましょう。

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