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一粒の麦感謝ミサ



2015年9月5日 一粒の麦感謝ミサ


カトリック古河教会

「あなたの信仰があなたを救った。」(ルカ17・19)*
なんと有難いお言葉でしょうか!重い皮膚病のサマリア人はその悲惨な病気のために深刻な苦悩を背負っていました。それは単に肉体の問題だけではありません。差別され、排除され、嫌悪の対象とされるという苦痛に責めさいなまれていたのです。どんなにかこの苦痛から解放されたいと望んでいたことでしょう。その思いは本当に深く強いものでした。生半可なものではありえませんでした。そして、彼はイエスこそ、自分をお癒し解放してくれる者であると期待しました。この強い願望と期待、信頼をわたしたちは持っているでしょうか。わたしたちは重い皮膚病を患っている者ではないが、それぞれ深刻な問題を抱えている者ではないでしょうか。本当は、そうなのにそれほど問題だとは思っていないなではないでしょうか。自分の問題を心から認識し、イエスに向かって大声で「主イエス、わたしを憐れでください」と叫んだことがあったでしょうか。

 イエスは言われました。
「心の貧しい人は、幸いである。天の国はその人たちのものである。」
「悲しむ人々は、幸いである、その人たちは慰められる。(マタイ5・3,4)
重い皮膚病のサマリア人はまさに「心の貧しい人」であり「悲しむ人」でありました。彼は自分の癒しを大きな喜びを以て受け取り、大きな感謝を以て神を賛美しました。心からの願いを聞き入れ、苦しむ人の苦しみを除いてくださる神への賛美を捧げたのです。わたし達はこのような大きな喜びと感謝をもって神を賛美したことがあったでしょうか。賛美どころか、不平と文句の多いわたしたちではないでしょうか。
今日の第一朗読でパウロは言っています。
「いつも感謝していなさい。キリストの言葉があなたがたの内に豊かに宿るようにしなさい。知恵を尽くして互いに教え、諭し合い、詩編と賛歌と霊的な歌により、感謝して心から神をほめたたえなさい。そして、何を話すにせよ、行うにせよ、すべてを主イエスの名によって行い、イエスによって、父である神に感謝しなさい。」
いつも感謝するということ、感謝して神をほめたたえる、ということ、ができていれば何と素晴らしいことでしょうか。
また、「すべてをイエスの名によって行う」とは、イエスのように行う、イエスの代わりに行う、ということです。自分がイエスならば行うであろう様に行う、ということではないでしょうか。
「互いに忍び合い、責めるべきことがあっても、赦し合いなさい。主があなたがたを赦してくださったように、あなたがたも同じようにしなさい。」
自分が赦してもらったという記憶と体験は非常に大切です。赦した記憶は鮮明でも、赦された記憶は乏しいもの、赦されたことすら気がついていないことがありませんか。年を経て、同じ立場に立って初めて、赦されていたことに気がつくこともあります。

日々、感謝のうちに神を賛美し、互いに赦し合い助け合う喜びのうちに歩むことができますよう、聖霊の導きを祈りましょう。

*ルカ7・50 罪深い女に向かって。
 ルカ18・42 エリコ近くの盲人へ。
 マタイ9・22 ルカ8・48、出血症の女へ。

Homily for the Mass of Annual Thanksgiving for A Grain of Wheat Seminary Fund
Koga Catholic Church
September 5, 2015


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