カトリックさいたま教区
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聖公会とカトリツク教会合同の祈り



聖公会・カトリック教会合同祈りの集い


カトリック川越教会にて

第一朗読 エゼキエル36・24-28
福音朗読 ヨハネ17・1a,20-26

日本聖公会の皆さん、今日はカトリック川越教会までようこそお越しくださいました。御礼申し上げます。
今日読まれましたヨハネの福音17章は、イエスが世を去る直ぐ前に弟子たちに残した「祈り」を伝えています。
「父よ、あなたがわたしの内におられ、わたしがあなたの内にいるように、すべての人を一つにしてください。彼らもわたしたちの内にいるようにしてください。そうすれば、世は、あなたがわたしをお遣わしになったことを、信じるようになります。」(ヨハネ17・21)
わたしたちは、ここカトリック川越教会に集まって共に祈っています。それはこのイエスの祈りに応えるためです。「みなが一つになるように」というイエスの願いに少しでも適うようにと、共に祈り、共に力を合わせるためであります。
わたしたちが一つになるためには、同じイエス・キリストにおいて一つになるのでなければなりません。いやそうする以外にわたしたが一致する道はないと思います。
勿論、わたしたちの間にはいろいろな違いがあります。一つになるということは、違いがないようになる、ということではありません。むしろその違いを認め互いに相手を敬い、相手を大切にし、互いに助け合い、世の悪と一緒に戦うためである、と思います。
イエスはこの同じ祈りのなかで次にように祈っています。
「わたしは彼らに御言葉を伝えましたが、世は彼らを憎みました。わたしが世に属していないように、彼らも世に属していないからです。わたしがお願いするのは、彼らを世から取り去ることではなく、悪い者から守ってくださることです。」(ヨハネ17・14-15)
イエスは、わたしたちが悪から守られるように、と祈りました。わたしたちは日々主の祈りを唱え、「わたしたちを誘惑におちいらせず、悪からお守りください」と祈っています。わたしたち自身、このイエスの祈りに応えて悪との戦いを闘っていかなければなりません。
わたしはこの闘いの中に、差別との戦いが含まれていると思います。あらゆる差別をなくすように努めることがイエスの弟子たちの務めです。
また、暴力という悪と闘うことは最も大切な努めであると思います。暴力のなかで特に大きな悪は戦争であります。
イエスは言われました。
「平和を実現する人々は、幸いである。その人たちは神の子と呼ばれる。」(マタイ5・9)
この主イエスの言葉は世界の中で告げられ、すべての人によって平和を築くための励ましの言葉です。
日本のカトリックの司教たちは戦後70周年にあたり、メッセージ「平和を実現する人は幸い―いまこそ武力によらない平和を」を発表しています。(2015年2月25日) 第二次世界大戦の悲惨な体験から、二度と戦争を起こさないという堅い決心をし、わたしたちは戦争を放棄し、紛争解決のためには武力を行使しないという決意を全世界に向かって表明してこの70年を歩んできたのです。
戦争放棄という理想はキリストの福音そのものがすべての人に求めている、総ての人がめざし守るべき目標であります。
イザヤの預言で次のように言われています。
「彼らは剣を打ち直して鋤とし
 槍を打ち直して鎌とする。
 国は国に向かって剣を上げず
 もはや戦うことを学ばない」(イザヤ2・4)
戦争、軍備、武器のためにどんなにか多くの軍事費が使われていることでしょう。剣を鋤に、槍を鎌に打ち直すということは、武装を解除し、武器を平和と幸福のために道具に転化するということです。これが人類の理想です。現実はこの理想から程遠いのですが、この理想に向かって歩んでいかなければなりません。
武器を放棄するということには心の武装解除が伴わなければなりません。心の武装解除とはわたしたちの間での信頼と友情を生み出し育てること、醸成であります。イエス・キリストの十字架は民族の間の隔ての壁を打ち壊しました。わたしたちは同じ神の子として、共に祈り、共にイエスの十字架に学ぼうではありませんか。
平和のために働くことは、日常の祈りと行為の積み重ねです。キリストの十字架に倣い、互いに痛みと苦しみを担い合い、喜びと希望を分かち合って歩んでまいりましょう。それがキリスト者の平和への道であると信じます。


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