カトリックさいたま教区
ホーム・Home初めての方へ・Welecomeお問い合わせ・Contactサイトマップ・Sitemapご利用について・Conditions of Useリンク・Links文字サイズ・Text sizeQRコード
カトリックさいたま教区

教区管理者 APOSTOLIC ADMINISTRATOR



メッセージの記録一覧に戻る

教区司祭5月の命日記念ミサ



2015年5月22日、復活節第7金曜日、浦和教会


5月司祭命日記念ミサ

第一朗読 使徒言行録25・13-21
福音朗読 ヨハネ21・15-19


今日は、お二人の司祭の命日を記念してミサをささげます。
ローラン・ラバルト神父様は2001年5月9日に帰天されました。パリ外国宣教会の会員でフランスのバスク地方の出身、秩父教会、川越教会、東松山教会で長い間司牧されました。ペトロ吉浦要神父様は2009年5月14日帰天されました。イエズス会士で、1992年以来、教区内の滞日ブラジル人の司牧のために尽力されました。お二人の働きに感謝し、お二人の上に永久の安息をお祈りいたしましょう。

復活したイエスが三度、ペトロに訊ねました。
「ヨハネの子シモン、この人たち以上にわたしを愛しているか。」(21・15)
「ヨハネの子シモン、わたしを愛しているか。」(21・16)
「ヨハネの子シモン、わたしを愛しているか。」(21・17)
 三度も同じことを問われてペトロは悲しくなりました。イエスが三度も念を押されたのは、ペトロが三度も主イエスを「知らない」といって、イエスを拒んでしまったことが下敷きになっていると考えられます。ペトロはそのことを「トラウマ」として引きずっていたのではないでしょうか。
ペトロは心からの思いを込めて答えます。「主よ、あなたは何もかもご存じです。わたしがあなたを愛していることを、あなたはよく知っておられます。」(21・17)
 イエスが「わたしを愛しているか」と訊ねたときの「愛するか」の福音書の原文は「アガパス」といいます。これは動詞ですが、名詞形は有名な「アガペー」です。新約聖書に出てくる「愛」はだいたい「アガペー」です。 しかし、ペトロの答えたことばは「フィロー」という言葉でした。これも「わたしは愛する」という意味ですが、人間の間の友愛を現す言葉です。イエスの、一回目、二回目の問いは「アガパス」、ペトロの答えは二回とも「フィロー」でした。イエスは、三度目には「アガパス」ではなく「フィレイス」を使って訊ねました。「ヨハネの子シモン、わたしを愛しているか。」(21・17)
ここにわたくしはイエスのやさしさを感じます。神の愛・アガペーが人間に伝えられると、フィリアのと結びつきます。イエスも人間の心をもって弟子たちを愛しました。それは人間の血の通った暖かい愛でありました。人間イエスは人間の心でペトロを愛していたのです。
 イエスペトロに言いました。
「わたしの小羊を飼いなさい。」(21・15)
「わたしの羊の世話をしなさい。」(21・16)
「わたしの羊を飼いなさい。はっきり言っておく。あなたは、若いときは、自分で帯を締めて、行きたいところへ行っていた。しかし、年をとると、両手を伸ばして、他の人に帯を締められ、行きたくないところへ連れて行かれる。」(21・17-18)
イエスはペトロに、自分の羊の世話をするように命じました。よい羊飼いは羊のために命を捨てます。ペトロはこのエスの呼びかけに愛を持ってこたえ、ローマのヴァチカンの丘で殉教しました。
 旧約聖書のエゼキエル預言書は悪い牧者を糾弾して次のように言っています。「災いだ、自分自身を養うイスラエルの牧者たちは。牧者は群れを養うべきではないか。」 (エゼキエル34・2)
よき牧者とは群れを養う牧者であり、悪しき牧者とは自分自身を養う牧者、いわば「羊を自分の食い物にする」牧者です。
牧者は、病めるものを癒し慰め、迷うものを導き、弱っているものを励まし、落胆しているものに希望を示すべきものです。
イエス・キリストの教会の牧者のなすべきことは、まず何より、力を落としている人々、迷っている人々を復活の主イエスとの出会いへと導き、キリストから光と力を得るよう教え励ますことであります。
司祭だけでなくすべての信者はそれぞれの場所と立場で、それぞれよい牧者になるよう召されています。
主イエスの恵、光を豊かに受けることができますよう、聖霊の導きに祈りましょう。

メッセージの記録一覧に戻る
CGI-design