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群馬中央・北ブロック・合同堅信式



2015年5月17日 主の昇天、群馬中央・北ブロック合同堅信式


カトリック前橋教会

今日は『主の昇天』のミサをささげます。
天の御父はイエスの十字架の苦しみの奉献を受け入れ、イエスを復活の栄光に挙げてくださいました。復活の世界とは、新しい天と地の世界です。キリストを信じるわたしたちも同じ栄光を受けることができると希望することができます。
今日の集会祈願は、「全能の神よ、あなたは御ひとり子イエスを、苦しみと死を通して栄光に高め、新しい天と地を開いてくださいました。主の昇天に、わたしたちの未来の姿が示されています。キリストに結ばれるわたしたちをあなたのもとに導き、ともに永遠のいのちに入らせてください。」と、主の昇天の祭日の意味を簡潔かつ適切に示しています。

 「新しい天と地」という言葉に注目してください。「新しい天と地」とは、神の支配が完成している世界です。ヨハネの黙示録(21・1)に出てくる言葉ですが、ペトロの手紙(二ペトロ3・13)やイザヤ書(65・17,66・22)にも出てきます。神の創造の働きが完成した世界を指しています。私たちもやがて、神の支配の完成した世界、復活したキリストのおられる世界に挙げられると信じ希望することができます。

今日の福音はその世界の到来を告げ知らせています。
「彼らはわたしの名によって悪霊を追い出し、新しい言葉を語る。」
新しい言葉とは、異語のことか、あるいは聖霊降臨のときに言語の違いを越えて互いに理解することができた現象を指しているのでしょうか。
「手で蛇をつかみ、また、毒を飲んでも決して害を受けず、病人に手を置けば治る。」
復活の世界、神の支配が及ぶ世界では、どんな害も存在しないはずです。教会がある人々を「聖人である」と宣言する「列聖」ということがありますが、「列聖」のためにはその人の取次ぎによって奇跡が起こることが必要とされています。奇跡とは、通常は地上ではありえない出来事であり、復活の世界が存在することを証明するための例外的な出来事である、とされています。

イエスは「すべての造られたものに福音を宣べ伝えなさい」(マルコ16・15)と命じました。教会の使命は福音宣教です。福音宣教は福音を述べ伝えること、そして神の国の到来を証しするためのみ技を行うことです。
この使命は、教会のメンバー全員が受けている使命です。今日堅信を受ける皆さんはとくに自分の使命を強く自覚してください。皆さんは福音を宣べ伝えるために堅信の秘跡を受けます。
福音宣教の使命は同時に、平和を実現するために働くという使命です。
平和とはまず罪の赦しを受けることです。復活したイエスは弟子たちに「あなた方に平和があるように」と言われ、弟子たちの罪への恐れと悲しみを取り去りました。
平和はまず心の問題でありますが、地上の世界で実現すべき使命です。聖ヨハネ23世教皇は『地上の平和』(1963年)という回勅を出して、この世界に平和が来るように、全人類が力を合わせなければならないことを説いています。
日本の司教たちは戦後70周年に当たり、メッセージ「平和を実現する人は幸い―いまこそ武力によらない平和を」を、発表しています。(2015年2月25日)日
イエスは言われました。
  「平和を実現する人々は、幸いである。その人たちは神の子と呼ばれる。」(マタイ5・9)
  第二次世界大戦の悲惨な体験から、二度と戦争を起こさないという堅い決心をし、わたしたちは戦争を放棄し、紛争解決のためには武力を行使しないという決意を全世界に向かって表明してこの70年を歩んできたのです。
戦争放棄という理想はキリストの福音そのものがすべての人に求めている、すべての人がめざし守るべき目標であります。
キリスト者は、悪に対するのに悪をもって対抗するのではなく、悪に対して善をもって対抗し、悪に対して善によって打ち負かすよう、求められています。
戦争、軍備、武器のためにどんなに多くの軍事費が使われていることでしょう。剣を鋤に、槍を鎌に打ち直すということは(イザヤ2・4参照)、武装を解除し、武器を平和と幸福のために道具に転換するということです。これが人類の理想です。現実はこの理想から程遠いのですが、この理想に向かって歩んでいかなければなりません。
また考えますに、武器を放棄するということは、心の武装解除が伴わなければならないと思います。心の武装解除とは、わたしたちの間での信頼と友情を生み出し育てること、醸成することであります。イエス・キリストの十字架は民族の間の隔ての壁を打ち壊しました。わたしたちは同じ神の子として、ともに祈り、ともに学びます。そのためにもまずわたしたちは異文化の人々、ことなる文化を生きる人々が互いに「触れ合い、助け合い、理解し合う」(「1995年の司教団メッセージ『平和への決意』より」よう努めなければなりません。
1995年の夏でしたが、岡神父さんはこの勧めを受けて、浦和教区の青年を連れてソウル教区を訪問し、両国の青年が触れあい、ともに祈る機会を設けたのでした。岡神父さんは率先して、平和のために働くための模範を示してくださいました。
私たちも一人一人が、平和を実現する人になることができますよう聖霊の恵みを祈りましょう。

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