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復活の主日ミサ



2015年4月5日 復活主日のミサ


川越教会

わたしたちの教会は、ナザレのイエスという人の復活という出来事への信仰によって成立しました。「イエスの死と復活に出会った」人が深い喜びを体験し、その喜びを多くの人に伝えることによって教会が発展してきました。マグダラのマリアという女性は、そのような体験をした人の代表です。
今日の福音は、マグダラのマリアのお墓参りから始まります。
マグダラのマリアという女性が福音書に出てきます。彼女はイエスから七つの悪霊を追い出していただいた人(ルカ8・2)でした。今日の第一朗読「使徒たちの宣教」でペトロは「イエスは、方々を巡り歩いて人々を助け、悪魔に苦しめられている人たちをすべていやされたのです」(10・38)と言っていますが、彼女にイエスによっていやしていただいた一人でした。
また、イエスに最後まで従い、十字架のもとに佇んでイエスの死を見届けた人でした。そして、何よりも、復活したイエスに最初に出会った人である、という恵に与った人であります。(ヨハネ20・11-18参照)
「週の初めの日、朝早くまだ暗いうちに、マグダラのマリアは墓に行った。そして、墓から石が取りのけてあるのを見た。」
今日の福音の冒頭に書かれている部分です。マリアはイエスを愛し慕っていました。イエスの十字架上の惨たらしい死を目の当たりにして彼女はどんなにか悲しみ苦しんだことでしょう。ペトロたち男の弟子たちにとって、イエスの死はすべての終わりと思われたのでしょうが、彼女にとってはそうではありませんでした。生前のイエスの面影を求めて彼女はイエスの葬られた墓に詣でます。すると、墓は空でイエスの遺体は見当たりませんでした。しかし、この後、マリアは復活したイエスと出会うことになります。そのときのマリアの喜びはどんなにか大きかったことでしょう。
イエスの復活と言う出来事は、弟子たちの予想しない出来事でした。マグダラのマリアも生前のイエスの十字架と復活の預言を理解していなかったと思われます。それだけに、彼らの驚きは大きく、喜びも大きかったのです。
聖週間を通じてわたしたちはイエスの受難を黙想してきました。イエスの受難とは人間の罪と悪によって引き起こされた悲劇です。神はイエスの死をすべての人の贖いと救いのために受け入れ、イエスを復活させました。復活は罪と死、悪に対する勝利を意味しています。
イエスは復活し、弟子たちに聖霊を注ぎ、聖霊の働きを通してご自分の使命を遂行させ発展させます。そのような教会の使命は「福音宣教」と言うことばでまとめることができるでしょう。
その福音宣教に中に、「平和を実現するために働く」という使命が含まれています。日本カトリック司教団は2015年2月25日に、「戦後70周年メッセージ 平和を実現する人は幸い〜今こそ武力によらない平和を〜」を発表しました。このメッセージはおよそ次のように述べています。
教会は、人間のいのちと尊厳に関することについて世界に向かって発言しなければなりません。わたしたち日本国民は戦争の悲惨な体験から戦争を放棄するという固い決心を致しました。
また、日本のカトリック教会は戦争責任を自覚し告白しています。そして、最近の傾向、歴史認識の問題と軍備増強への動きに憂慮しています。
すべての人は、立場、宗教、国家、民族の違いなどを越えて、人類の平和のために協力しなければならないのです。
 皆さんに、ぜひ読んでいただきたいです。わたしたちが「平和の使徒」としてよく働くことができますよう、聖霊の導きを祈りましょう。



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