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教区司祭3月の命日記念ミサ・認定式



2015年3月13日、司祭命日記念ミサ/司祭・助祭候補者認定式


本日命日を記念する司祭は次の三人の神父様方です。

故 ピエール・フラマン 神父
故 マチア 山根俊夫 神父
故 パウロ・ロベンス 神父

 さいたま教区のために生涯をささげてくださった三人の神父様を思い、感謝をこめて永遠の安息をお祈り致しましょう。 
今日はミサのなかでホルヘ・マヌエル・マシアス・ラミレスさんの助祭・司祭候補者認定式を行います。
 認定式にあたり、まず最初に今日の福音朗読から主イエスの教えを学びましょう。イエスは言われました。
 あらゆる掟の中で第一の掟は
 「心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛しなさい」であり、第二の掟は「隣人を自分のように愛しなさい。」
である、と言われました。
 この二つの掟はどのような関係にあるのでしょうか。まったく別な掟でしょうか。
 この二つのおきては切り離せない関係にあります。神を愛するとは神の御心を行うことです。神の御心とは隣人を愛すること、イエス・キリストが人々を愛したように隣人を愛することです。神を愛しているかどうかは目に見える兄弟を愛しているかどうかによってわかります。目に見える兄弟を愛さないものは目に見えない兄弟を愛することができません。(一ヨハネ4・4・20-21参照)
神はわたしたちが兄弟を愛することを望んでいます。貧しい人、病気の人を助けることは主イエスに対して行う愛の御業であるとイエスは教えています。(マタイ25章参照)
 兄弟を愛するためには信仰により神の恵みに与らなければなりません。いくら神に動物のいけにえを捧げても、困っている人の必要に目をふさぐ人は神を礼拝することにはならないのです。神は動物のいけにえではなく、人を大切にし、苦しみ困っている人を助けることを望んでいるのです。*
 人はなかなか他の人の必要や苦しみに気が付かず、関心を持とうとしないものです。神は兄弟姉妹である他者の必要に関心を持ち、自分の必要より人の必要を優先することを望んでいます。

さて今日、司祭・助祭候補者の認定式に臨まれるホルヘ・マヌエル・マシアス・ラミレスさん、あなたは助祭・司祭の叙階を受ける道を歩む候補者としてふさわしいと認められるのです。どうか主キリストに倣って叙階への道を歩んでください。
神を愛するとは主イエスの道に倣って歩むということです。日々のミサと祈りを大切にしてください。
隣人を愛するとは兄弟への愛を生きることです。使徒パウロの言葉をいつも念頭に置いてください。
「 愛は忍耐強い。愛は情け深い。ねたまない。愛は自慢せず、高ぶらない。
礼を失せず、自分の利益を求めず、いらだたず、恨みを抱かない。不義を喜ばず、真実を喜ぶ。 すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてに耐える。(一コリント13・4-7)
 いつくしみ深い神があなたの決意を祝福し、決心を守り、司祭への道へと導いてくださいますように。アーメン。

*「わたしが喜ぶのは愛であっていけにえではない。神を知ることであって焼き尽くす献げものではない。」(ホセア6・6)

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