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高崎教会 主の降誕ミサ



2016年12月25日、高崎教会 主の降誕ミサ


第一朗読  イザヤ書 52・7-10
第二朗読  ヘブライ人への手紙 1:1-6
福音朗読  ヨハネ1:1-18、または1:1-5, 9-14
 
 主のご降誕をお祝い申し上げます。
今日、私たちは主のご降誕、日中のミサを献げております。日中のミサでは、ヨハネによる福音の最初の部分が読まれます。
「はじめに言葉があった。言葉は神と共にあった。言葉は神であった」
という言葉で始まるヨハネの福音であります。更に、ヨハネの福音を聞いておりますと、光について述べています。
イエス・キリストは、全ての人を照らす光として来られました。光を認め、光に照らされ、イエス・キリストを受け入れ信じる人は、イエス・キリストの命にあずかり、神の子とされるのであります。
私たちはイエス・キリストを信じ、神の子となりました。
ところで、私たち人間は神の子とされても、まだまだ色々な問題を抱えています。自分で自分をしっかりとおさめることの出来ない人間の状態を、仏教では煩悩という言葉で言っているそうであります。この煩悩の中に、特に、三つの大きな問題があるということを私は学びました。
三つの問題というのを三つの毒と呼んでいるそうです。三毒、三つの毒です。
この三つの毒を漢字で言うと貪瞋癡(とんじんち)というのですが、「とん」というのは「貪欲」という字があります。「あの人は貪欲だ」と言う時の「貪欲」の「貪」という字。「貪る心」を「貪(とん)」と言うそうです。
それから「じん」というのは「憤る」という事ですね。難しい字ですが、「目」というつくりに真実の真の旧字体、「憤る」とか「怒る」という意味でありまして、人間は自分の気に入らないことがあると、怒ったり妬んだり嫉んだりする。それが「瞋(じん)」というそうです。
三番目が「癡(ち)」です。「癡」は物事が良くわからない事。「癡」という字は病だれのなかの「痴」ではなく、やまいだれの中に「疑う」という字が入っている字です。
人間の問題は、本当の事をちゃんと見ていないということです。今日のヨハネの福音でも、「闇を照らす真の光、イエス・キリストが来られたが、闇にいる人は自分の過ちを認めたくないので、光を受けようとしない」というように書いてあります。
私たちも実のところ、本当に自分の問題を良く知っているのでしょうか。自分の事は良くわかると言いますが、実は自分の事が一番わかっていないのが人間であります。
ところで妙な事に、人は他の人の問題の方をよく見ています。人の問題は良く見えるんですね。良くわかるのですね。人の欠点は良くわかる。よく、人の事をとやかく言う人がいますが、だいたい誰でもそうなのですけれども、自分の事は棚に置いて人の事を言うわけでありましてそれが時に、非常に良く当たっています。
「なるほど、私もそう思うわ」「あの人はこーよね、あーよね」「そうだ、その通り」・・・・話が盛り上がるんですよね。
しかし、『いつくしみの特別聖年』は終了致しましたが、教皇様のおっしゃっている所を思い出します。人は簡単に悪口を言います。しかし人の良い所を見つけてそして、励ますという事をしないといけません。誰でも良い所があります。他の人には無い、その人にだけ与えられている長所があります。それを認めて励ますことが大切だということを、教皇フランシスコは言われました。
確かにそうなんですが、人の事をとやかく言うほうにずっと傾いてしまって、人を励ますというのはなかなか難しい事ではあります。それは何故難しいかというと、その人の本当の姿を知ろうとしないのです。悪い所だけ見て、その人の中にある、本当の良い所を認めようとしないのです。そして、自分自身の問題には目をつむります。それが人間ではないでしょうか。イエス・キリストは全ての人を照らす真の光であります。そして教会は、イエス・キリストを光として認めた人の集まりであります。
イエス・キリストから光を受けて、周りの人を照らすべきものです。私たちは自分で光ることはできませんので、光を受け取らなければなりません。受けた光を反射させて、周りの人を照らすようにいたしましょう。私たちの灯す光は小さいものであるかもしれません。でもその小さな灯し火も、暗闇の中で灯されれば、多くの人の安らぎ・道案内・救いへと導くことができると思います。
今日は洗礼式と堅信式が行われますが、人々が聖霊の照らしを受け、そしてイエス・キリストの光を多くの人に照らすことが出来ますように。
どうぞ皆さまも心を合わせてお祈りをしていただきたいと思います。

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