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清水宏神父葬儀ミサ



2016年10月14日、大宮教会


アシジのフランシスコ 清水 宏神父葬儀ミサ説教
第一朗読 黙示録21:1-5a,6b-7
福音朗読 ヨハネ3:16〜17

 アシジのフランシスコ 清水宏神父の葬儀のミサをお献げしております。
清水神父は、全ての司祭にお願いしているのですが、遺言書を教区に提出していただいておりまして、その中に、この聖書の言葉を皆さんに伝えてほしいという言葉が、自分の手跡で直接書いて残してくださいました。その言葉が今日皆様にお渡ししております、このカードの清水神父様の写真の下にあります、詩編119-92でございます。旧約聖書を、清水神父様はよく勉強なさいました。そして自分にとって非常に心に響く言葉として、この箇所を選んだのではないかと思います。
 「あなたの律法がわが喜びでなかったなら、わたしは悩みのうちに滅びたでしょう。」こういう言葉であります。わたくしはこの箇所を改めて、聖書を開いてみてみました。すると、色々な翻訳があるわけですけれども、今、教会は採用している新共同訳という聖書では次のようになっています。「あなたの律法を楽しみにとしていなければ、この苦しみにわたしは滅びていたことでしょう。」同じ内容、もちろん同じ箇所ですから同じ内容でございます。清水神父様は、旧約聖書、聖書はヘブライ語という言葉で書かれているのですけれども、よく勉強さなったので、こういう言葉、こういう訳がいいのかと思って残されたのかもしれません。
 神はモーセを通して、そして預言者を通して、イスラエルの民に色々教えを残しました。こういう風にしなさい、こういう風にしてはいけません。様々な掟を残しました。その神様の言葉は、人々を教え導き、そして救いへ至らせるための神の心の表れ。いわば、道案内の言葉であります。詩編119という大変長い、詩編150の中で一番長い詩編なのですけれども、その中にある97節、この同じ119の中には次のような言葉もございます。「わたしはあなたの律法をどれほど愛していることでしょう。」さらに、「あなたのお言葉は、わたしの道の光、わたしの歩みを照らす灯火。」という言葉がございます。
 さて、わたしたちが主と仰ぐイエス・キリストの時代となりました。イエス・キリストは神の教えのいわば中心、神様がおっしゃっている内容の最も大切な点をはっきりとお教えになった。それは今日では、愛という言葉で表現されています。「あなたがたに新しい掟を与える。互いに愛し合いなさい。わたしがあなた方を愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。」全ての掟は、お互い愛し合いなさい。そして、神様に真心をもって仕えなさい、という言葉でまとめられますと、お教えになりました。そして、そのことがよくわかるようにと、主イエス自身が自分の生涯をかけて、言葉だけでなく、その生涯全体を人々の前で示すことによって、愛とはどういうことであるかをお示しになった。
 しかし、この愛という言葉は日本語では意味があまりにも広がりすぎていて、適切であるかどうかは問題であります。初めてキリスト教の教えが日本に入ってきた時、この今、愛と訳している言葉をどういう言葉で日本語に置き換えたらよいかということが、非常に重要な問題となりました。その時は、大切、大切にするという言葉になったのでありまして、そのほうが聖書の本当の意味をよく表しているだろうと思われます。今日もそうすればよいのかもしれませんが、現在、愛という言葉になっています。そこでその愛という言葉で表されていることが、何であるかということをわたしたちもしっかり学び、そして人々に伝えていかなければならないだろうと思います。
 イエスは言われました。「わたしが来たのは律法や預言者を廃止するためにだ、と思ってはならない。廃止するためではなく、完成するためである。」ですから、イエス御自身が律法とは何であるか、この細かい、色々なことにこだわって、そして本当に神が望んでいることをかえっておろそかにすることのないようにと諭されたのであります。しかし、そのようなイエスの真意を理解できない人たちがいた。福音書に出てくる当時のユダヤ人の指導者たち、律法学者、ファリサイ派の人々、そして祭司と呼ばれる人々は、イエスのそのような態度を理解できないどころか、敵意をもったのであります。そのような経過の中で、イエスは十字架につけられるということになりました。わたしたちは、そのイエスの生涯に表された、主なる神様の愛、いつくしみを信じています。そして、神はこの世界を作り、この世界を最後には完成してくださいます。その完成した様子をいわば、一つのイメージとしてわたしたちに伝えている聖書が、新約聖書の最後の巻物、黙示録であります。新しい天と新しい地という言葉で、神がご自分の計画を完成した時の様子を示しています。
 今日は清水神父様の葬儀を一緒に行っております。清水神父様は、この聖書の言葉を深く学ぶことを志し、そしてそのような生涯を送られました。イエスの言葉を理解するためには、イエスの前の時代の聖書の歴史を知らなければなりません。そして聖書の中で大切な鍵となる言葉、それがみ言葉、それから律法という言葉であります。わたくしが想像しますに、神父様はこの詩編の言葉、「あなたの律法がわが喜びでなかったなら、わたしは悩みのうちに滅びたでしょう。」この言葉を日々思い起こしながら、様々な出来事、様々な課題の中で、自分の生涯を支え、自分を励まして生きてこられたのではないでしょうか。
 清水神父様の地上での生涯は終了いたしました。今、主のみもとで安らかに憩いますように。そして地上に残されたわたしたちのために、主のみもとでお祈りくださるようにと心から願っております。

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