カトリックさいたま教区
ホーム・Home初めての方へ・Welecomeお問い合わせ・Contactサイトマップ・Sitemapご利用について・Conditions of Useリンク・Links文字サイズ・Text sizeQRコード
カトリックさいたま教区

教区管理者 APOSTOLIC ADMINISTRATOR



メッセージの記録一覧に戻る

館林教会 聖母被昇天ミサ



2016年8月14日、館林教会


聖母被昇天・前晩のミサ

第一朗読 黙示録11・19a,12/1-6,10ab
第二朗読 一コリント15・20-27a
福音朗読 ルカ1・39-56

 明日8月15日は日本にとって非常に大切な日、すなわち第二次世界大戦が終結した日でありますが、同時にカトリック信者にとっての非常に大切な日、聖母マリアの被昇天の祭日であります。
 主イエスは十字架につけられて殺されましたが、3日目に復活されました。主イエスの復活に与るよう、すべての人は招かれています。その招きに最初に応え、その恵みに与ることができた方が聖母マリアであります。わたしたたちはその喜びを祝う聖母の被昇天を迎えます。
 さて聖母マリアはどんな方であったのか。ガリラヤのナザレ、イエスの故郷であるナザレに住む貧しい少女であったと考えられます。天使を通して神のお告げを受け、救い主の母になるという神のお告げを受け、そしてその申し出を受け入れて、「この身にそのことが実現しますようにと」お答えになった日が「神のお告げ」の日、そしてその日は3月25日であると言われています。どうしてかというとイエスが生まれた日は12月25日とされていますのでその9か月前という計算によるのだそうです。神のお告げを受け、信じました。そのあとすぐに旅立って、エリザベトの家に行きました。
 わたくしはずっと、このルカの福音書の話を何気なく読んでおりましたが、ふとある日から考えるようになりました。「すぐに旅立ったとあるのですが、エリザべトの家までかなり遠い道のりです。フランシスコ会の聖書を読みますと、マリアのたどった道筋が地図でしめされています。エリザベトの家はどこにあったかはっきりしないのですけれども、調べますとアイン・カレムという地名が出ています。これはエルサレムの近くです。非常に遠いです。100キロ以上はある、危険な道のりではないでしょうか。この100キロの道をどうやって移動したのでしょうか。
 ひとりの少女が、ひとりで身軽に移動したのでしょうか。これを考えてみると、このマリアという女性は非常に決断力があるし、行動的な女性であったのかなと思うわけですが、みなさんどうお考えでしょうか。
 もう一つのことを考えたいと思います。マリアの賛歌についてであります。わたしたちは「晩の祈り」で毎日このマリアの賛歌、ラテン語の最初の言葉をとってマグニフィカートと呼んでいますが、この祈りを唱えています。毎日何気なく唱えているのでありますが、改めて読んでみると、この祈りには、ずいぶん驚くような、はっきり言うと革命的な内容が記されています。今の訳では「身分の低い、この主のはしためにも 目を留めてくださったからです」となっていますが、直訳すると、「そのはしための低きをかえりみてくださった」となります。「低き」とは、身分が低いとか、社会的地位が低いとか、卑しいというような意味もあるかもしれませんが、マリアは決して卑しい方ではなく、品位のある麗しい女性です。でも身分が低い、軽んじられている人々の中に属していた貧しい少女であったのではないかと思われます。
 主は、「権力者をその座から引き降ろし、身分の低い者を高く上げる。」
権力のある人、多くの人を支配し、そしてその人たちの苦しみの上に自分のおもいのままの生活を送っている人たちを引きずり降ろす。そして今の社会の体制を全部ひっくり返す。神様はそういう方であるということを宣言しているような内容であります。
 このマリアの賛歌の預言は、現在、どの程度実現しているでしょうか。今世界中では、この日本でも格差社会ということは言われています。神のみ心が実現するためには、今のような社会の構造、格差のある社会では神のみ心が行われていると言えないのではないか。ひっくり返されないといけない、そういう思いがこの歌の中にはあるのではないかとわたくしは思います。
 

メッセージの記録一覧に戻る
CGI-design