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主の変容・祝日のミサ・故十字架のパウロ松本一宏神父追悼



2016年8月5日 浦和教会 


第一朗読 ダニエル7・9-10、13-14
福音朗読 ルカ9・28b-36

今日は8月5日で、明日が「主の変容」の祝日ですが。本日(前倒しで)明日のミサをささげ、併せて、ミサの中で先日帰天された御受難会日本管区長、十字架のパウロ松本一宏神父様の永久の安息をお祈りいたします。
「主の変容」は御受難の40日前に起こったとされる伝承にもとづき、十字架賞賛の祝日の40日前の8月6日に祝うことになっています。
今日の福音を読みましょう。
「イエスは、ペトロ、ヨハネ、およびヤコブを連れて、祈るために山に登られた。祈っているおられるうちに、イエスの顔の様子が変わり、服は真っ白に輝いた。見ると、二人の人がイエスと語り合っていた。モーセとエリヤである。」(ルカ9・28b-30)
モーセとエリヤは旧約聖書の代表的な、偉大な預言者です。イエスは二人の預言者の働きを引き継ぎ、それを完成するために来ました。
「『これはわたしの子、選ばれた者、これに聞け』という声が雲の中から聞こえた。」(ルカ9・35)
同じような声が、イエスの洗礼の時にも天から聞こえたのでした。(ルカ3・21、マタイ3・17参照)
父である神はおん子イエスを世に派遣し、イエスの十字架の受難を通して人々を救いに導こうとされたのです。
受難を目前にしていたイエスは、選ばれた弟子たちの前で栄光を現したのは、人々が十字架に躓かないように計らうためでした。通常のイエスの神としての栄光は人々の目には隠されていました。イエスの栄光は復活によって明らかにされたのです。しかしイエスは復活の栄光を受ける前に一時的にご自身の栄光を弟子たちに示すことによって、弟子たちの信仰をより堅い信仰にしようと望まれました。(もしイエスが地上においていつも栄光の状態にあれば人々はまぶしくてイエスを見ていることができなかったことでしょうし、人々の信仰も必要なかったことでしょう。)
さて、キリストの体である教会も十字架の道を通して栄光に至ります。地上の教会は困難と試練の中に居ます。しかしこの現実の中に復活したキリストが居ます。復活の光がさしているのです。それは信仰の目で認めるべき光です。
聖霊の注ぎを受けて誕生した教会には復活したキリストが住んでいます。パンとぶどう酒の形のなかに復活したキリストが存在しているように、人間の組織である教会共同体の中にキリストが住んでいます。種々の問題と躓きのなかにキリストがともにいてわたしたちを照らし励まし助け導いてくださっているのです。
この信仰の内にともに歩んでまいりましょう。

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