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群馬中央・北ブロック司牧訪問



2016年5月22日 群馬中央北ブロック司牧訪問(渋川教会献堂60周年・堅信式)


カトリック渋川教会
三位一体の主日
第一朗読 箴言・22-31
第二朗読 ローマ5・1-5
福音朗読 ヨハネ10・12-15

 わたくしどもはただいま教皇様のご意向に従って、いつくしみの特別聖年を祝っています。
主イエスは、「天の御父がいつくしみ深い方であるように、あなたがたもいつくしみ深いものでありなさい」(ルカ6・36、マタイ5・48参照)と言われました。わたしたちはいつくしみ深い者として毎日過ごさなければならないのであります。
いつくしみ深くあるということはどういうことなのでしょうか。
主イエス・キリストは目に見えない天の御父の目に見えるみ顔であります。イエス・キリストを見る人は見えない天の御父を見るのであります。わたしたちは主イエスから「いつくしみ深く生きるとはどのように生きること」を学びます。
主イエスは天の御父に昇られるときに弟子たちに言われました。
「わたしはあなたがたに真理の霊、慰め主である聖霊を送る。聖霊はわたしの教えたことをすべて思い起こさせ、そして、悟らせてくれるだろう。」(ヨハネ14・15-26参照)
真理の霊、それは神の愛の霊であります。わたしたちには聖霊、神の愛が注がれています。(ローマ5・5参照)
教会とは神の霊、聖霊を受けた人々の集まりであります。わたしたち一人ひとりは、神の霊を受け、そして、神の霊の働きを受けている者であります。
霊という言葉は、もともと、「息」、あるいは「風」という意味です。聖霊とは神の霊は、神の息、神がわたしたちに送ってくださるいのち、そして、わたしたちに送ってくださる神の風であります。
聖霊降臨のときに聖霊は、炎のような舌の形であらわれました。一生懸命ともに祈っている聖母マリアと使徒たちの上に炎のような舌が降りてきたのでした。
しかし、聖霊は通常目には見えません。目に見えませんが、神がわたしたちを神の子とし、神の子として生き、歩むことができるようにしてくださる、神のいのち、神の力、目に見えない神の息であります。
「息のかかった者」という言い方があります。誰それの息のかかった者というと、「誰それさんの保護、講演、支配のもとにある者」を意味するようです。わたしたちはいわば「神に息のかかった者」なのです。わたしたちは神の霊を受け、神の息のかかった者、聖霊を受けた者、聖霊に導かれて生きる者とされているのです。
神の息である聖霊を受けた者は、愛、喜び、平和、寛容、親切、善意、誠実、柔和、忍耐という実りを受ける、とパウロが教えています。(゙ラテヤ5・22参照)。逆に、聖霊の働き受けない人は肉の業のもとおかれます。パウロは肉の業のリストを挙げています。それは、だれでも多少とも思い当たる悪い思い、行いです。(ガラテヤ5・19参照)
わたしたちは、聖霊を受けた者として、愛、喜び、平和を人々に告げ知らせるイエス・キリストの弟子なのです。わたしたちをそのような弟子にするために聖霊が送らました。
今から堅信の秘跡は人に聖霊降臨の恵みを授ける秘跡です。聖霊降臨と同じ出来事が今ここで行われ、堅信の秘跡を受ける者には神の霊が注がれ、聖霊の七つの賜物が授けられます。知識と理解、判断と勇気、神を知る恵み、神を愛し、敬う心をお与えくださいと司教は祈ります。

教皇フランシスコは「いつくしみの特別聖年のための祈り」をくださいました。大変素晴らしい祈りです。このお祈りの中に、わたしたちの生き方が全部凝縮して、圧縮されて示されていると言ってもよいと思います。
1)わたしたち復活されたイエス・キリストから光を受け、恵みを受け、キリストの弟子として歩みます。わたしたちに出会う人々がイエス・キリストのいつくしみを感じ、受け取ってくださいますように。
2)人々が、わたしたちとの出会いを通して、自分が存在しているのは神様のみ旨によるのであること、神が自分を必要とし、かけがえのない存在として愛してくださり、わたしたちを赦し受け入れてくださるということを信じることができますように。
3)わたしたち自身、罪深くまた欠点のある至らない者です。しかし、神は、わたしたちをゆるし、そのまま受け入れてくださいます。そうか、わたしたちを神の子の輝き、美しさをもって照らしてください。わたしたちが日々光の子として歩み、人々に主イエスの光を伝えることができますように

堅信を受けられる皆さんは、これから生活の中で出会う人々、職場、地域、あるいは学校で出会う人々に対に、「あなたは神から必要とされ、愛され、召されているのだ」というメッセージを伝えてくださし。そうできるためには、まず自分自身が神から必要とされている、愛されている、赦されているという信仰を深く持つようにしなければなりません。聖霊の助けを祈りましょう。

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