カトリックさいたま教区
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教区管理者 APOSTOLIC ADMINISTRATOR



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教区管理者初出勤



2013年8月8日 聖ドミニコ司祭記念日


カトリック浦和教会

第一朗読 民数記 20:1〜13
福音朗読 マタイ 16:13〜23

今日8月8日は聖ドミニコの記念日です。わたくしたちは、今、全国で「平和旬間」の行事を行っています。その「平和旬間」の期間中、さいたま教区本部職員の皆さんと浦和教会、さいたま教区の皆さんとご一緒に、ここ浦和教会で聖ドミニコのミサを捧げることに、わたしは、深い感慨を覚えております。

まず、今日の第一朗読、民数記を見ましょう。モーセという人は苦しみの人であったと思います。主なる神はモーセを、イスラエルの民をエジプトから脱出させ、そして、約束の地に導くための長い荒れ野の旅の指導者とされました。荒れ野での生活は、それは厳しいものであり、指導者モーセの苦しみ、悩みも大変大きなものでした。

8月5日の第一朗読(民数記11:4b〜15)を、思い出します。「モーセは、民がどの家族もそれぞれの天幕の入口で泣き言を言っているのを聞いた。」(民数記11:10)

イスラエルの民が泣き言をいい、文句を言うので主は激しく憤ります。モーセは、神と民の間に立って苦しみました。おそらく、モーセは、「どうして自分はこんな目にあわなければならないのだろうか」と思ったのではないでしょうか。モーセは主に向かって言っています。「わたしがこの民すべてをはらみ、わたしが彼らを生んだのでしょうか(民数記11:12)。」

今日、民数記を読むとメリバということばが目に留まります。メリバとは「争い」という意味です。毎日捧げる教会の祈りにおいてしばしば目に留まる場所です。人々は怒涛をくんでモーセとアロンに反抗します。モーセは苦しみます。

「モーセという人はこの地上のだれにもまさって謙遜であった」(民数記12:3)と伝えられていますが、それゆえにでしょうか、モーセは神と民の仲介者として非常に苦しんだのであります。荒れ野の旅、それは試練の毎日でした。神はイスラエルの民の不従順と不信仰の罰として40 年間の荒れ野の試練の生活をさせ、40 年間は約束の地に入らせないようにされたのです。(民数記14:1-36 参照)

今日の福音は、皆さんよくご存知の箇所です。後半を見ると、ペトロはイエスから叱責されました。「サタンよ、ひきさがれ。あなたはわたしの邪魔をする者。神のことを思わず人間のことを思っている。」(マタイ16:23)その前には、ペトロは立派な信仰告白をしたことが書かれています。「あなたは生ける神の子。メシアです。(マタイ16:16)イエスは、「良く言った」とペトロを褒めたのです。

その直後、イエスは受難の予告をされます。そのことを聞いてペトロは、「そんなことはとんでもないこと、あってはならないことです」と申し上げた。それは、イエスを思う心の表われでありましょう。しかし「サタン」と呼ばれてしまったのです。

わたしたち人間の思いと神の思いの間には大きな隔たりがあるのでしょうか?(イザヤ55:8-9 参照)

今、わたしたちは、日本のカトリック教会として、また、さいたま教区として大きな課題に直面していると思います。今は、試練の時であります。

神の思いはいったい何であるのか、とわたしたちは祈り求め思い巡らします。教皇フランシスコは、『信仰の光』(Lumen Fidei)という回勅を6月29日に発布いたしました。信仰とは何か、をいろいろな面から説いています。今日の福音から新たに考えてみると、わたしたち人間には、神の思いはなかなかわからない。わたしたちは、毎日唱えています、「わたしの思いではなく、み心が行われますように」と。

その神のみ心とはなんでしょうか。「イエスが十字架につけられて死ぬという予言」はとんでもないことだ、と弟子たちは思いました。しかし、イエスは、「あなたは、わたしの邪魔をする」と、ペトロを叱責されたのです。

困難な状況の中で、わたしたちを通して神のみ心があらわれますように、弱いわたしたちを通して神のみ旨があらわれますように、と祈りたいと思います。

弱い、自分のことしか考えない傾きのある人間ですが、自分の立っている場所からでて、神の国の到来の証しをする教会共同体として成長できますように、とご一緒に祈ってまいりましょう。

とくに責任を負う司教、司祭のためにお祈りください。


Homily at Urawa Catholic Church (Cathedral)


August 8, 2013; Thursday of Week 18; St. Dominic

FIRST READING: Numbers 20:1-13
GOSPEL: Matthew 16:13-23

Today's Gospel is a story you know well. The last half of the story depicts a scene where Peter was scolded by Jesus: "Get behind me, Satan! You are a hindrance to me; for you are not on the side of God, but of men." (Mt 16:23) Before that, we heard Peter professed his faith splendidly: "You are the Christ, the Son of the living God. (v.16)" to which Jesus responded: "Blessed are you!”

Just after this scene, Jesus began to tell his disciples about the approaching of His Passion. When Peter heard this, he said: “God forbid, Lord! This shall never happen to you.” Peter said these because he cared very much about his teacher; instead Jesus called him “Satan!”

How great is the gap between our thoughts and God’s thoughts? (See: Is 55:8-9) I believe that we, as the Catholic Church in Japan and as the Saitama Diocese, face a big problem today. This is the time of trial.

We often pray, seek and wonder what God’s Will really is. On June 29, Pope Francis promulgated an Encyclical called Lumen Fidei (the Light of Faith). This teaches us from many aspects what faith is.

When we start thinking about this question again after reading today’s Gospel, we come to understand that we cannot know God’s thoughts well; that is why we recite the prayer everyday: “Let Your Will be done, not mine.”

Then, what is that Will of God? The disciples were deeply distressed when they heard Jesus say that He will die on the cross. However, Jesus scolded Peter: “You are a hindrance to me.”

In this difficult time, let us pray that the Divine Will may be shown through us―yes, through us who are full of weaknesses. We are all wretched people who often think only about ourselves but rather let us now pray together that we may be able to go out of our safety zone and grow together as a community of believers that proclaims the coming of the Kingdom of God.

Please pray especially for the bishops and priests who are in responsible positions. 



[Scripture quotations are] from The Revised Standard Version of the Bible: Catholic Edition, copyright © 1965, 1966 the Division of Christian Education of the National Council of the Churches of Christ in the United States of America. Used by permission. All rights reserved.

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