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2018.9.12 (水)  司教・司祭命日記念ミサ


浦和教会
第一朗読:一コリント7.25-31
福音朗読:ルカ6.20-26
(本文)
(そのとき、)イエスは目を上げ弟子たちを見て言われた。
「貧しい人々は、幸いである、
神の国はあなたがたのものである。
今飢えている人々は、幸いである、
あなたがたは満たされる。
今泣いている人々は、幸いである、
あなたがたは笑うようになる。
人々に憎まれるとき、
また、人の子のために追い出され、ののしられ、
汚名を着せられるとき、あなたがたは幸いである。
その日には、喜び踊りなさい。
天には大きな報いがある。
この人々の先祖も、預言者たちに同じことをしたのである。
しかし、富んでいるあなたがたは、不幸である、
あなたがたはもう慰めを受けている。
今満腹している人々、あなたがたは、不幸である、
あなたがたは飢えるようになる。
今笑っている人々は、不幸である、
あなたがたは悲しみ泣くようになる。
すべての人にほめられるとき、あなたがたは不幸である。
この人々の先祖も、偽預言者たちに同じことをしたのである。」

(説教)
今日は4人の方々の命日記念ミサをお献げします。フランシスコ・ザビエル島本要司教様、浦和の司教、そして長崎の大司教になられました。長江司教の次の司教様ですね。長江、島本、それからわたくしになったわけですね。そして、谷、そして今度、山野内司教様、5代目になります。
わたくしはこの4人の方と度々お会いいたしまして、明瞭な記憶を持っております。浦和教区、さいたま教区のために力を尽くしていただいた方々でございます。心から感謝を献げ、永久の安息のためにお祈り申し上げましょう。

今日の聖書朗読と福音朗読について、ほんの少しだけご一緒に味わってみたい。
福音はルカの6章。ルカによる山上の説教というべき箇所でしょうか。昔、真福八端と言いましたが、マタイの方は8か条の幸いであるという教えです。ルカの方は4か条の幸いであるという教えと4か条の不幸である、という教えになっております。
正直言いますと、この教えはなかなか受け取りにくい、わたしたちの常識、そして、社会の通念にそぐわないお言葉であります。イエスの福音は神の国の福音と呼ばれていて、神の国についてお教えになりました。神の国は神様が支配なさる国ですね。神のみこころが行われる時に神の国が来ているということであります。すでに神の国は来たが、しかし完成途上にある、そういう中で、確かに神の国は来ているのだということを表す印になるべき生き方、それが山上の垂訓であると思います。パウロの手紙の方も、ちょっと戸惑わせるような内容ですが、当時パウロの時代、世の終わりがもう間もなく来るというような考えがあって、それを背景にパウロがこういうことを言っているのかという考えもあります。しかし、今日の箇所の終わりの方はわたしたちが心して、心に刻むべき教えではないかなと思います。『妻のある人はない人のように』はちょっと置いといて、
「泣く人は泣かない人のように、喜ぶ人は喜ばない人のように、物を買う人は持たない人のように、世の事にかかわっている人は、かかわりのない人のようにすべきです。この世の有様は過ぎ去るからです。」
について。この世の有様は過ぎ去る。この過ぎ去ることでわたしたちの毎日は織りなされている。いろいろなことをしなければいけないんですよね。それは司祭になればしなければいいっていうとそうじゃない。修道者、奉献生活者になっても基本的には同じことであって、いろんなこと、実にいろんなことにわたしたちは関わっている、関わらなければ生きていけない。しかし、その中で、神の国の福音を述べ伝え、そして証するようにとイエスは言われた。その神の国の教えというのは常識的には理解しにくいことであるわけです。でも、それを実行しなければならない。もし仮に、自分が後一週間しか地上にいないとしたら、我々はどう生きるだろうか。一週間後にはいないんだったら、一週間かかって一生懸命、身辺を整理し、言うべきことは言い、残すべきものは残し、そして、そうですね。あの人にはあやまっておかなければいかんなあとかいろんなことがあって、でもそう思ってないから、一日延ばしにしているんですけれども。ちょっと個人的なことになりますが、わたくし、今、いろんなことを整理している最中なんですけれども、そういう時に、そういう節目があるから人間はこれからどう生きたらよいかということを考えるわけで、それがないとだらだらといろんなことをそのままにしてしまうのかもしれない。とにかく、最後の節目は、この地上の生活の終わり、死でありますから、今日4人の方の帰天を記念していますけれども、わたしたちも神のもとに旅立つわけですので、その時にできるだけ悔いのないような状態になって、神様のもとに旅立てることを願っております。

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