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2018.3.27  受難の火曜日ミサ 


浦和教会
第一朗読  イザヤ書 49:1-6
 
説教
今日は受難の火曜日。ヨハネの福音はイスカリオテのユダの裏切りという劇的な場面を伝えています。

イエスは、過越祭の前に弟子たちと食事をしましたが、その時言われました。
「はっきり言っておく。あなたがたのうちの一人がわたしを裏切ろうとしている。」

 弟子たちは非常に驚きました。
〈イエスは、「わたしがパン切れを浸して与えるのがその人だ」と答えられた。それから、パン切れを浸して取り、イスカリオテのシモンの子ユダにお与えになった。ユダがパン切れを受け取ると、サタンが彼の中に入った。そこでイエスは、「しようとしていることを、今すぐ、しなさい」と彼に言われた。・・・ユダはパン切れを受け取ると、すぐ出て行った。夜であった。〉

わかりにくい言い方です。イエスからパンを受け取った時にユダは裏切りを決意したのでしょうか。「夜であった」という表現が印象的です。闇に覆われる夜は罪の支配の時を現しているかのようです。

 なぜ、ユダはイエスを裏切ったのでしょうか。ユダもイエスが選んだ12使徒のひとりです。イエスは、ユダへ期待したので、彼を選んだのではなかったでしょうか。彼が裏切ることを知っていたのに、それでも彼を選んだとは考えにくい。ユダの期待にイエスが応えなかったので、彼はイエスから離れていったのだろうと思われます。ユダはイエスに何を期待していたのでしょうか。この世における成功と権威に参加できるという期待があったのでしょうか。

 他方、ペトロの方は、イエスの身の上に異変が起こることを知って訊ねました。
〈「主よ、どこへ行かれるのですか。」イエスが答えられた。「わたしの行く所に、あなたは今ついて来ることはできないが、後でついて来ることになる。」ペトロは言った。「主よ、なぜ今ついて行けないのですか。あなたのためなら命を捨てます。」イエスは答えられた。「わたしのために命を捨てると言うのか。はっきり言っておく。鶏が鳴くまでに、あなたは三度わたしのことを知らないと言うだろう。」〉
イエスのためなら命を捨てるといったペトロの心には偽りはありませんでした。しかし、彼は自分の弱さを知らなった。結果はイエスの予言通りとなりました。

ユダもペトロも「裏切り」は同じです。しかし、その動機と結果は違っています。

 聖週間は、イエスをめぐる人々の心の動きを追体験するときです。人々の心、その気まぐれで卑怯な心、身勝手な保身の心、人間の心の残酷さ・・・。
静かに自分の心を見つめながら、死と復活の過ぎ越しの神秘に深く与ることができますよう、祈ります。

(信仰講座 人間の裏切り)


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